『念』は込もって、そこに留まるもの。『愛念』は、喜びが無限に広がるもの。

女神ごはんのコンセプトは『浄化』『祈り』『食材』の三本柱ですが、大半は浄化と祈りが占めています。

 

だから、最近ではよく『祈りのごはん』と言われています。

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正直、食材の部分は、最後にちょこっと、おまけ程度でいいのです。

 

なぜなら幸せな食卓を作る大元は、「うれしい」「楽しい」「幸せ」な感情を味わうこと。

だから「〇〇はいい」「△△はダメ」といった、頭で食べるのではない。

 

たとえば、

 

子どもの頃、運動会のお弁当って楽しみだった方も多いと思います。

お花見で満開の桜を見ながらいただくお弁当も格別ですよね。

 

キャンプ場でみんなで作るカレーや飯ごう炊さんのお焦付きごはんも、また格別。

寒い日に、マラソンを完走した後にいただく豚汁も最高〜。

 

そうやって「うれしい」「楽しい」「幸せ」な感情を味わうこと。

 

そこに1人ではなく、家族や仲間がいれば、尚いい。

喜びの感情を分かち合えば、2倍にも3倍にもなるから。

 

祈りとは?

 

「相手が元気で幸せになりますように」と祈ること。

そして、それに伴い行動すること。

 

祈りとは、「〜しますように😊」までで終わりではなく、必ず、それに沿った行動をするところまでが1セット。

 

だから女神ごはんでも、

まずみなさんの満面の笑顔を思い浮かべて祈り、そして行動(料理)します。

 

そこに私利私欲は全く無く。

「美味しいって言ってほしい」とか、

「残さずに全部食べてほしい」とか、

「頑張ってる私を認めてよ」とか。

 

そういう“我”は入れずに、

ただ無になって、相手の幸せだけを祈ること。

 

『念』は込もって、そこに留まるもの。『愛念』は、喜びが無限に広がるもの。

 

「こんなに頑張ってるのに」

「やってもやっても、自分は満たされない」

「なんで私のことを認めてくれないの?」

 

そんな自分主体のものは、“念”。

念を込めながら作るごはんは、相手にとって苦しみでしかない。

 

そして自分にとっても、疲弊するものでしかない。

そこに留まり、その小さな積み重ねはやがて大きな“負”のエネルギーとなる。

たとえそれが、高級レストランの一流シェフが作る料理で技術や味は最高だったとしても。

 

対して、私利私欲なく、ただ相手の幸せを祈りながら作るごはん、それは相手の身体に入り、喜びのエネルギーとして循環していく。

 

「おいしかった。しあわせ」

「また明日からも頑張ろう」

「なんか、いい気分だな〜」

 

そしてその喜びは、さらに他の人へと伝染していく。

 

いつもより元気に職場で挨拶をしたり、

道でゴミを拾ったり、

困っている人を助けたり、

コンビニでお釣りを募金したり。

 

そうやって、喜びのエネルギーが広がっていくんです。

 

“愛念”で作られたごはんは、少量でも満たされます。まず、心から。

心が満たされると、ガツガツ食べなくてもお腹いっぱいになります。

 

まずは、相手の幸せを祈ること。

祈れば祈るほど、自分も満たされていきます。

 

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